バラエティ番組の司会者として人気の今田耕司さんですが、
若い頃からかなりモテモテだったそうです。
モテモテで天才だったとも言われており、若い頃若い頃
どんなモテエピソードがあるのでしょう。
芸人が今もうらやむ才能の持ち主である
今田耕司について今回はご紹介します。
今田耕司の若い頃はモテモテ?
顔はイケメンではないものの、
芸人の面白さやトーク力でファンになったり、
恋に落ちてしまう事ってありますよね。
今田耕司さんと言えばトーク力があり、
美女との交際や噂話など数多い芸人。
売れていない時代は劇場で、
お笑いライブを開催したりと下積み時代もあったのですが、
その時から出待ちがいるなどかなりモテていたようです。
若い頃はどれだけモテていたのか、当時の情報を集めました。
今田耕司のプロフィール
- 名前:今田耕司
- 生年月日:1966年3月13日
- 身長:174㎝
- 血液型:A型
- 出身地:大阪府
- 所属:吉本興業
昔からお笑いが好きなのと、
受講費が5万円という安さが目に留まり、
1985年にNSC4期生として入校。
ほんこんさんとコンビ「ダブルホルモンズ」を結成し、
ほんこんさんは当時「骨付きカルビ」という名前でボケ、
今田耕司さんは「上ロース」という芸名でツッコミを担当。
しかし1986年にコンビを解散し、ピン芸人として活動を始めました。
そしてローカル番組に出演や深夜番組に出演し徐々に人気が出て、
1986年から吉本新喜劇にいたものの1991年には東京進出を果たしました。
そこからバラエティ番組の司会者として様々なテレビに出演し、
島田紳助さんが謹慎処分中に代打の司会者に抜擢されてから、
人気がさらに上がりました。
2024年現在も6本のMC番組を持っており、
人気は衰える事を知らないほど安定しています。
若い頃はモテモテだった?
今田耕司さんやほんこんさんなど、
女性にモテる芸人は数多く、
特に関西方面の吉本興業出身の芸人は出待ちもよくある印象を受けます。
なので今田耕司さんも若い頃は、
かなりモテてたのではないかと思い調べてみると、
かなりモテていたそうです。
当時の事を2017年に放送されたフジテレビ系「ボクらの時代」で語っていて、
「劇場に入る時に女の子に抱きつかれてキスされたことあんもん」
と話していました!
知らない女性に抱き着かれたりが怖いではなく嬉しくなっちゃうんですね(笑)
ダウンタウンのブームもあり、関西系のお笑い芸人は当時人気が高かったので、
その波にうまく乗れた下積み時代だったようです。
思わず自分はロックスターか何かかとも思ってしまう程、
黄色い声援が飛び交っていたそうなので、
当時の人気がどれほどだったのか分かります。
出待ちもいたし、
入り待ちもいる状態での下積み時代なんて、
経験できるものではないので貴重な体験ですね。
今田耕司は若い頃から天才?
面白さがあり、トーク力も進行力もあるので、
若い頃から才能にあふれていて、
天才なのではないかとも周囲から言われていました。
芸人同士が「この人は天才だ」「才能がある」という事は、
本当に凄くお笑いの神様に恵まれているんだと思います。
今田耕司さんがいつから天才と言われ始めたのか。
そしてどんな天才的才能があったのでしょうか。
天才と言われる理由
今田耕司さんは数々の大物芸人~後輩芸人にまで慕われ愛されており、
ほとんどの人が天才だというのにはこんな理由がありました。
- 大喜利での回答力やトークの絶妙な切り返し
- 周りがどんなに滑っても面白くしてくれるフォロー力
どんな大物芸にも動じず、
白熱したトークを繰り広げられフォロー力も抜群で、
今田耕司さんを天才呼びする人は皆口を揃えて、
トーク力が凄いと褒めています。
雛壇にいても存在感は凄く、
どんな場の空気も盛り上げてくれ、
流石バラエティ番組の司会者と言いたくなる程の絶妙な切り返し。
芸人としてコントをするものいいですが、
司会者として場を盛り上げる方が今田耕司さんには合っていたという事ですね。
若い頃から今もなお天才と呼ばれつづけている今田耕司さんは本物のお笑いの天才だと思いました。
今田耕司の若い頃のエピソード3選!
これだけモテモテで天才と言われるほどの
才能があるという人は稀だと思うのですが、
若い頃はどんな人だったのでしょうか。
下積み時代から東京に上京したて位頃は苦労もありつつ、
様々な経験をしてきたのではないでしょうか。
若い頃からトークの才能があり、
一気に人気芸人への階段を駆け上ってい行った
今田耕司さんの若い頃のエピソードを3つご紹介します。
1.潔癖症
昔からかなりの潔癖症で知られている今田耕司さん。
潔癖症で完璧主義でもあるので、
若い頃から結婚はできないのではないかと周りから言われていました。
人と共同生活するという事は、
潔癖症にとって自分だけの生活だけでは済みませんからね。
現在は結婚して子供も生まれ、幸せな家庭を築いています。
2.笑えなかった
数々の司会を若い頃からこなしていて、
司会の時にオープニングでは明るくトークを繰り広げていたのに、
芸人がゲスト出演すると真顔になるのです。
若い頃はどの番組でも爪痕を残さなきゃと必死になるのは分かるのですが、
自分が司会を担当している番組でも
何か爪痕を残したいと考えていました。
そのためゲスト出演に対して冷たい態度を取っていてしまったのです。
でもよく考えたら司会がゲストに爪痕残しても仕方ないんですけどね。
3.勘違いしそうになった下積み時代
今田耕司さんはダウンタウンの大人気番組「4時ですよ~だ」に出演し、
徐々に全国的に知名度が上がり人気になりました。
自分がダウンタウンの番組で人気になったため、
他の芸人たちが出てくると
「さあ、どっちが笑いを取りましょう」
を闘争心むき出しだったそうです。
でも冷静になって考えた時に
「ダウンタウンさんが一番求められている」
と自分に言い聞かせていたそうです。
ここで変な勘違いをしてもおかしくないのですが、
きちんと自分に言い聞かせる謙虚さが
上に登りつめるきっかけになったようです。
まとめ
今田耕司さんは若い頃からモテモテで天才であることが分かりました!
才能があっても追い抜かれたくなくて動機や後輩をライバル視してしまうのは芸能界なら仕方ない事。
そんな努力が報われ今も人気芸人なことが良く分かる努力型の天才でした。