いかつい見た目と破天荒さから
「昭和の芸人」とも評されているお笑い芸人の千鳥・大悟さん。
そんな大悟さんの父親が面白くて優しくて、
職業が丸い石を探すという特殊は仕事をしているそうなのですが、
そんな仕事が本当に存在するのかご紹介します。
【顔画像】千鳥・大悟と父親は激似!?

画像引用:産経新聞社
千鳥大悟さんと言えば、
坊主頭でぱっちり二重が印象的な芸人さんですが、
父親と顔がかなり似ているそうなのです。
男の子は母親に似ると言われていますが、
父親似だとなんだか親の血を更に受け継いでいる気がしていいですね。
実際二人は似ているのか見てみましょう。

画像引用:ちょっと気になるアノひと、アノ話題
なんとなく似てはいる気がしますが、
激似かと言われてみたらそうでもない気がします・・・。

画像引用:Twitter
この写真は千鳥大悟さんの出身地なのですが、
父親がなんとポスターに掲載されており、
島の有名人なんだそうです!
この写真を見てもやはりあまりしている気はしませんでした。
ただ、鼻の形はそっくりですね。
目元は母似なのか、大悟さんはぱっちり二重なので、
父とはちょっと違いますが親子と分かる顔ではあると思います。
ちなみに観光案内などもたまに引き受けたりしているそうなので、
観光に来た際にはぜひ島の方に聞いたら父親が案内してくれるかもしれません。
それにしても父親がポスターに載るってすごいことですね。
千鳥大悟のプロフィール
千鳥大悟さんの父親がポスターに出ているのを先ほどご紹介しましたが、
出身地がどこなのかなどプロフィールをご紹介します。

画像引用:Instagram
- 名前:大悟
- 本名:山本大悟
- 出身地:岡山県
- 生年月日:1980年3月25日
- 身長:170cm
- 血液型:B型
- 所属:吉本興業
- 配偶者:妻、子2人
大悟さんは岡山県笹岡市北木島の出身で、
2021年1月の時点で人口は657人と
かなり少ない人数が暮らす島です。
この島では漁業と石材業が盛んで、
観光スポットや博物館も現在はあり、
民宿や宿に泊まり観光ができる島となっています。
2019年に笠岡諸島は日本遺産に指定されており、
北木島も日本遺産に指定されている島の一つになります。

画像引用:https://www.okayama-kanko.jp/
高校卒業後すぐに大阪に上京し、
大阪NSC21期生の面接を受けるも面接官に向かって
「お前ら、ワシよりおもろいんか?」と発言し不合格。
その後吉本のオーディションを受け合格したそうです。
志村けんさんと仲がすごく良くて、
週8回飲みに連れて行かれることもあったそうで、
コントなどにも出演していました。

画像引用:Instagram
遺品となった志村けんさんの
愛車「キャデラック・エスカレード」は大悟が買取ました。
かなり尖った性格であり、
先輩芸人に突っかかったりしてしまった事もあり、
過去にはブラックマヨネーズの吉田さんを怒らせたことがあるそうです。
また、かなりのヘビースモーカーで、
多い日では一日20箱(400本)も吸っていたり、
タバコ好きを公言質図けていたらJTからタバコのCMに起用されました。
大悟さんには姉がおり、
実姉夫婦が居酒屋を経営しているそうです。

画像引用:Twitter
お子さんも男の子、女の子の二人がおり、
時々SNSにも投稿されていて幸せな家庭を築いている方です。
千鳥・大悟の父親は優しくて面白い!エピソード4選

画像引用:Twitter
千鳥大悟さんの父は優しくて面白い人だと
「松本人志のすべらない話」で有名になっていったそうです。
元々かなりの貧乏な家族ですが、
父が明るく面白い人なので。
いつも色々工夫をして楽しませてくれていたそうです。
そんな島での父との面白エピソードをご紹介します。
1.改造バイク
当時原付バイクで島の中を移動する際に
荷台部分に板を括りつけて子供たちを乗せて移動していました。
しかし、あまりにも恥ずかしいため、
大悟さんが「車が欲しい」というと、原付で本土まで行き、
原付バイクと引き換えにおんぼろ車を手に入れたそうです。
物々交換とはいえ、まさか車が本当に手に入るのは凄いことです。
2.ケンミンshow

画像引用:Twitter
8年前に噂のケンミンshowという番組で
大悟さんの出身の島特集が組まれた際に
父にインタビューを街中で行いました。
その際に大悟さんが番組に出ていたのをみていたようで、
「ちょっとおかぁ呼んでくるわエラいこっちゃ」
といい走っていきました。
走っていくのはいいのですが、
帽子がどうも形がおかしくて大悟さんが思わず突っ込む場面が見られます。
確かにニット帽の先が埋もれており何か違和感がありますね。
3.幸福丸
ある日父が10万円で中古の船を購入し、
ペンで大きく「幸福丸」と名前を書き釣りに行きました。
時には子供も船に乗せイカ釣りなどを楽しんだのですが、
その際に島の金持ちが船で現れ、罵倒されてしまいます。
父は悲しい顔をしながら、
大悟さんに「お前はああなれ」と発言しました。
この発言には自分のように貧乏ではなく、
子供には金持ちになって欲しいという願いが込められているそうです。
船に幸福丸と書くところから少し面白い人だなと思いましたが、
最後はいい話でした。
4、ワキガ
大悟さんはワキガではありませんが、
ある日、父親がなぜか、
「ワキガで悩んでいるのではないか?」とメールが来たそうです。
さらに、
「この前テレビを見ました。脇に汗をかいていました。すまんの」
と、自ら謝っていました。
困惑した大悟さんが「ワキガじゃないよ」と返信しても、
「ワキガの人は自分では気づきません。周りの人も臭くても気を使って言いません。おとうには経験があります。すまんの」
「薬を買うのに顔がバレて嫌なら、マネージャーに相談してみなさい。周りの人は臭くても言いません」
と言われたそうです。
父の心配は勘違いではありますが、
大悟さんのことをとても大切に思っていますね!
千鳥・大悟の父親の職業は丸い石を探す?

画像引用:休暇村
島にはコンビニやスーパーなどもなく、
船で1時間かけて街に行き、
生活物資を買い戻らないと行けない生活を送っていた大悟さん。
そんな父の職業は丸い石を探すという変わった職業でした。
大悟さんが生まれ育った「北木島」では。
北木石とよばれる極めて良質の花崗岩が取れるそうで、
ブランド品でもあります。
その石を利用して建設されたのが
大坂城や福山城の石垣や明治神宮神宮橋、靖国神社の大鳥居です。
現在もこの石材業は盛んであり続いているそうです。
親分とのエピソード
大悟さんの父は「親方」と呼んでいる方がいます。
その方が島の石材を取り扱えっているお店の社長であり、
父親の上司に当たる方でした。
大悟さんが芸人で成功したときに
父が親方に報告に行くついでに
大悟さんも一緒にお中元を持ち親方の家に同行しました。
道中、海に立ち寄り、
「できるだけ丸い石を親方に見せに行くんじゃ」といい、
石を探している姿を見て大悟さんは意味が分からず見ていました。

画像引用:山陽新聞社
その後丸い石を見つけ親方の家に到着後、
お中元を大悟さんから渡し父は丸い石を親方に渡しました。
その石は親分の床に並べられており、
父はそれが自慢で帰り道に
「床の間に丸い石飾っとってくれたのう」と喜んでいました。
父は丸い石を見つけて親方に渡す仕事をしているため、
家の床に並べられるという事はコレクションになるという事なので、
嬉しかったようです。
北木石の歴史
先ほど北木石はブランドであるとご紹介したのですが、
どれだけの歴史を誇るものなのかをご説明します。
最初に北木石が使われたのは、
1629年の徳川幕府が再築した大阪城の石垣が最初と言われいます。
その後、
明治時代の1904年には日本銀行本店の国家的大事業を手がけ、
1906年には豊臣秀吉墓所、
1920年には三越本店と次々に使用されています。

画像引用:日本鉱石物語
石材産地証明書まであるほどの石の名産地であり、
江戸時代から使われているという事で
歴史と伝統を感じることができます。
北木石を使用した建物は以下の通りです。
西暦 | 建物名 |
---|---|
1629年 | 大阪城桜門 |
1904年 | 日本銀行本店本館 |
1906年 | 豊臣秀吉墓所 |
1914年 | 三越本店 |
1920年 | 明治神宮神宮橋 |
---|---|
1933年 | 靖国神社 |
1934年 | 東郷平八郎墓石 |
1959年 | 五条大橋 |
1965年 | 江戸川乱歩墓石 |
1981年 | 薬師寺西塔、花園東陵鳥居 |
---|---|
1991年 | 中国銀行本店 |
2005年 | 明治生命館 |
2010年 | 三菱一号館美術館 |
2012年 | 東京駅丸ノ内駅舎 |
紹介したものは代表的施工例のものであり、
現在も墓石や他の建物など様々なものに使われています。
気になる方はぜひストーン博物館へ足を運んで調べてみて下さい。
まとめ
大悟さんの父とは少し顔は似ているもののそこまでではないかなという感想です。
丸い石を探す仕事をしているというのは本当でしたね!伝統的なお仕事だという事が分かりました。
是非大悟さんが好きな方はツアーもあるの出掛けてみてはいかがでしょうか。




